何も誇れぬ人生の記録

『ぼくは何も誇れないのが誇りだな』沼田真佑、影裏より

ほしいものが違うと感じた

現在5:40。

自己実現は難しい。昨晩は荒れに荒れて統計学の授業の準備も手につかず、ネット上でひたすら嘆いていた。こんなことをしたのは数ヶ月ぶりだ。

CCNAのその先に何があるのか気になって覗いてみたのだけど、その上位資格を自分よりずっと若い年齢で取った人のブログを読んでも自分にはピンとこなくて違うなって感じて落ち込んでしまった。そもそも目指すものが違っていたのに、結局みんな同じ方向に押し込められてしまうのだろうか。体調が悪かったせいか、資本主義の暴力のように思えて絶望してしまった。

人からの評価もお金も目指していない。自分はそういう部類の変わり者として生まれた。この世界のどこかには澄んだ水の流れる川があって、自分みたいな人たちはその透明な流れだけを追い求めて生きるべきなんだ。どこかにそれはあって、きっと見つかるはずだから投げ出すべきじゃない。

その生き方は需要と供給の原理に真っ向から対立しているから、反社会的で、ナイーブな気持ちの時はいじめにあっているように感じて苦しいかもしれない。だけど同じように透明な流れを探しているひとと一緒にいること、そういう対象と触れ合い続けることが自分には必要だ。

このことはお金を稼ぐことよりもずっと根本的なことだ。