何も誇れぬ人生の記録

『ぼくは何も誇れないのが誇りだな』沼田真佑、影裏より

言語・真理・論理 第五章

真理と確からし

1-14 真理の理論とは、単に命題の有効性を判断する基準を決める理論である。ある命題が真か偽かというときの、真偽それ自体は実在的な概念ではない。真理というのがそういう風にそれ自体で何か実体を持っているように見えるのは、命題を述べる時の文法的な錯覚である。我々は真理そのものの実体について語っているように見えても、実はある命題の有効性について議論しているのだ。

また、経験的な命題の中に、その命題の指示作用、あるいは啓示によって直接的に真と認められるものがあるという、純粋経験の存在についての主張を我々は認めない。経験的な命題であっても、分析的命題と同じようになんらかの基準(テスト)を通してその有効性が決定されるべきである。

15-36 我々は直接経験を記述した命題の存在を否定したが、経験的な問題が感覚-内容についてのなにかを含むことは認めている。感覚はただ生ずる。それを正確に命題として記述することが不可能なのだ。さらに定義に過ぎないものを仮説として取り違えることが、哲学者の誤りを生む。経験的な命題の有効性は、それが過去から未来を予測するときの有効性によって判断される。その有効性は真偽ではなく、確からしさの度合いで表現される。さらに確からしさとは、観察による確証だけからでなく、彼のそのときの現在の状態に左右される合理性によって決められる。ここで合理性とは、現在での信頼の度合いであり、変動しうるものである。