何も誇れぬ人生の記録

『ぼくは何も誇れないのが誇りだな』沼田真佑、影裏より

 自由意志の途切れ目には確かに静寂があった。私はその時遠い月の世界からの巡礼から戻り、藁ぶきの茶色い壁が一面に苔むした簡素な邸宅の一室にいた。体には深い疲労があり、何の欲求ももはや感じることができなかった。私の精機は黒くしなびて、もはやイナゴの甘露煮のように生気を失っていた。

 ぼんぱっというおとに意識を断ち切られると、向井眠りが私に訪れた。眠りの中で私は、土ぼこりのまくれ上がる車道を押さない友人と歩いていた。彼は重そうなメガネの奥からしきりに道の端の雑草を見つめていた。僕は腹がすき、早く家に帰りたかったのでそんなところにしゃがみ込む彼がもどかしかった。引いている自転車の車体が僕の肩に重く食い込む。

 彼はじっと色ちゃけた草の中心を観察していた。僕は虫かごをもって彼の横にしゃがみ込み、おい、何かいたの、と聞くと、いいやと彼は答えて、何もいないが確かににおいがしたんだ。何のにおだい?うーんと彼は言葉に詰まり、あそこが固くなるにおいさ。そういってかれは赤くなった。

 

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添削

 

自由意志が途絶える境界には、深い静寂が広がっていた。遥かな月の領域からの長い巡礼を終えたばかりの私は、苔に覆われた藁葺き屋根の古い家の一角に身を寄せていた。体中には尽きせぬ疲れが染み付いており、どんな欲望も感じられずにいた。私の心は、色を失ったイナゴの甘露煮のように、すっかり枯れ果てていた。

突如として、‘ぼんやり’とした音と共に意識が遮断され、深い眠りが私を包み込んだ。その眠りの中で、私は塵を巻き上げる道を、友人と肩を並べて歩いていた。彼はその重そうな眼鏡の奥で、何かを捜し求めるように道端の草花を見つめていた。空腹と家路への思いでいっぱいだった私には、彼が草むらにしゃがみ込む姿がただただ苛立たしく映った。自転車を引きながら歩く私の肩には、その重さがじわりと痛みとなって刻まれていった。

彼はある枯れた草の束に目を凝らしていた。私は彼の隣に虫かごを持ってしゃがみ込み、「ねえ、何か見つけたの?」と尋ねた。しかし、彼は首を振り、「いや、何もいない。だけど、ここには確かに特別なにおいがしたんだ」と答えた。「どんなにおい?」私の問いに、彼は少し言葉に詰まりながら、「こう、生命が宿るようなにおいだよ」と、言葉を選ぶように答えた。その答えに、彼は顔を赤らめた。