何も誇れぬ人生の記録

『ぼくは何も誇れないのが誇りだな』沼田真佑、影裏より

老後の習い事

信越線電車内、夕方
老婆と女、隣同士会話。
老婆、しきりに女に話しかけている。

老: 遊びにいったり、家から出ていかないとダメだねえ。人生挑戦しないと。

女: ぜひ、そうしましょうよ。

老: 年だからやめようと思ったけれど、辞めたらすぐにダメになると言われてね。

女: そうですよね、外に出るとやっぱり励みになりますよね。

老人: 秋葉山なんですよ、うち。地区は一緒でしょう? いまの習い事は趣味でもないのだけど、実は専門は新潟大学で、ピアノの勉強をしてたの。手術してからは、あんまりやらないでって先生に言われてるんだけどね。

女: そうだったんですか、いいお話うかがえて……

老: この難聴と目がね……白内障

女: そういうのが、長生きの秘訣なのかもしれませんよ。

老: 難聴の人は長生きするなんてね。主人が七回忌なんですよ。遺族年金をいただいて、生活するにはできるけれど、長生きはしたくない。

女: ……そうですか……

老: 立場変わるかもしれないですけど、学びたくてね。主人は山ノ下の役場でね、年金結構もらえて。人生挑戦するつもりはないけど、自殺するわけにはいかないしね。……ごめんなさいへんなことばかり言って。はじめてお会いしたのに。それで中国語とかね、それから書道。さっき書道の先生に会ってきたんですよ。

女: そうなんですか……

老: 危ないからやめようと思ったんだけど、免許更新の認知症テスト、意外と良かったからね。人はやめなければ……、ねえ、自分ひとりだとね、相手には困るかもしれけど、仕方ないからね。

女: 歩くより、いいですよね。

老: 県民会館からこっちまで……うちにいるだけだとね……馬鹿なことばかり言ってごめんなさい。今日は新潟で降りて、万代口までね。

女: そうですよね、いま工事してますもんね。

老: ごめんね、少し静かにしよう。