何も誇れぬ人生の記録

『ぼくは何も誇れないのが誇りだな』沼田真佑、影裏より

ブロックした友人と拾わなかった銃の化身が駐車場でポルノを観ていた

考えというのはなかなか自由にならないもので、文体も言葉も望んでもありふれたものしか浮かばなかった。殴り書きしているつもりでいても、裸でいるつもりでも、どうしても僕はちゃんと服を着てちゃんとした言葉遣いで物を考えようと、意識せずともそうなってしまっていた。ある時には、通りがかりの自販機を蹴った。蹴るには勇気がいったが、こんなな歳でこんなことをするのは勇気がいったが、それでもやると決めたので蹴ったのだが、やはりそれでも僕はすぐに、誰もいないのに小さく謝り、そそくさと逃げ出した。階段を登ると、斜面を登る遊具のある公園だったが、その階段の半ば、手すりの向こうの地面にモデルガンが落ちていた。早朝でまだ誰もいなかったのに、僕は拾いたかったけれども、見つかるのが怖くて拾うことができなかった。惜しいことをしたと、それから数時間後今度は意を決してその場に行ったのだが、もうそこに銃はなかった。あれは僕の銃だったのに。

こんなことばかりが続いていた。僕はいくじなしで、何も経験せずに生きてきた。ある時にはかなりむこうみずな友達ができて彼についていったものだが、結局は僕がいくじないばかりに見限られた。ある時に出会った彼は、不躾なくらいにむこうみずな人だった。礼儀知らずといってもいいくらいだった。例えば、学生時代彼と友達になった最初の頃に、夜に一緒にラーメン屋に行ったことがあった。その時彼はあっけらかんとした様子で、スーパーの特売で買ったという安売りの唐揚げを取り出してどんぶりにトッピングした。「いります?」というのを断る自分が憎らしかったが、ダメだった。そうして油の中に満足が浮かぶ様子を羨ましげに眺めるばかりだった。彼との思い出は全部がこんな感じで、ただ僕は彼の突拍子もない行動を諌めることもできずに傍観しているばかりだった。

ある時、ついにあまりに優柔不断の僕に彼が怒り出した。こんなことでは人間失格だ、というようなことまで言われたと思う。それには僕も耐えかねて、何度か不毛なやりとりをし火に油を注いだのちに、結局こっちからブロックしてしまった。それ以来僕は彼とは連絡をとっていない。それで僕が変わったということもない。彼の方も、こっそりツイッターを覗く限り相変わらずのようだ。

結局僕はこのままだった。あの黒光する筐体ももう2度と現れてはくれなかった。僕の行動範囲はどんどん狭くなり、ついにはこの遊歩道だけが僕の自由に闊歩できるエデンとなった。その東は駐車場が広めのセブンイレブンだった。ちょっと頑張れば歩いていけるそこが、約束の地だった。

その夜もラジオを聴きながら、セブンまで歩いてきた。駐車場のブロックには東横キッズの残党と思わしき子たちがスマホの明かりで暖をとっていた。店内に入ったものの、何もすることはなく、もちろん盗もうなんて誓ってもいいが思い至ることもなく、ただただ僕はそこに入ってしまったことをすでに後悔していた。カウンターにいるのは責任者らしきおじさんで、おにぎりの棚はいつでもまばらだった。白米だけで海苔のついていないおにぎりだけが残っている。仕方なしに僕はおつまみコーナーで当たり障りのないナッツ類、その中で出来るだけ添加物が少なく安いのはどれかと探す。そうして外に出ると、やはり同じように東横キッズがそこでスマホを見ていた。いや、違う。そこにいたのは子供ではなく、どう見ても中年体型の裸のおじさんだった。

彼は入店した時に見た子供と同じような格好で、裸の背中を丸めてスマホをのぞいていた。完全に不審者なので、このままにしていてはいけないのだろうが、僕はそれをどうにか出来るような人間ではなかった。僕はどう考えたって不正を見つけたら無視して、自分が不正してしまっているなら惰性で続け、不本意な状況に追い込まれてしまっても耐え忍ぶような、腐った人間だからだ。それに、彼はスマホだけでなくて、この前に公園の階段で見かけた銃を胡座の上に乗せているだ。スピーカーから漏れる音からして、彼が見ているのはポルノだった。コンビニのエロ本コーナーで買ったのであろう雑誌も無造作に広げて散らかしている。

遠巻きに歩いてそのまま彼の視界からフェードアウトを狙った。その時足首になにかが鋭い音と共に当たった。振り向かないわけにはいかず振り向くと、男がこちらに銃を向けていた。当たったのはモデルガンのBB弾なのだろう。男はニヤリとするわけでも、何か不快を表す表情をするわけでもなく、ただ無表情でこちらを見上げていた。目が合ってしまった。

僕が走ると男も走った。足がもつれて転んでしまい、その上に冷たい体がのしかかった。草のような強烈な臭気でむせかえりそうになった。アスファルトに頬を擦り付けないように必死に首に無理な力を入れて顔を守った。どうして?どうして男は僕を襲うのか。「ちょっと、ちょっと待ってください」と悲痛な嘆願をした。「もう十分に待ったやろ?」男はわかっているだろとでもいうような口ぶりだ。「お前が俺を蔑ろにしてきた罰や」僕が知っている程度のエセ関西弁で男が詰め寄る。「わいはお前が拾わなかった銃とお前がブロックしたあいつの集積体や。お前のような小物でも流石にこうまで無責任な振る舞いが続けば、こうやって恨みの念で痛い目をみることになるんや」そうなのか、こいつはやはり僕が世に放ってしまった化け物だったのか。そう思うとたしかに罪悪感が湧いてこないわけでもない。

「それで殺すのか?」「いいや、そんなことしたらわいもおだぶつや」「じゃあ目的はなんだ?」「わいのために一つ仕事を受けてもらおう」思えば彼と仲違いしたのも、彼から受けた仕事を僕が全うできずに放棄したことが原因だった。僕は咄嗟に「ごめん」といったが、「もう過ぎたこといい。次こそできるか?」「わからない。きっとむりだ」「言わせんよ」

おそらく男の言う仕事とは次のようなものだった。ある生涯未経験のご婦人がおり、そのご婦人の青春の夢が生み出したスケーターボーイがこの近辺で深夜に闊歩しており、毎晩騒音を立てている。彼はその騒音のために、ただ近所に生まれたというだけの理由で心霊界からもこの問題に対処するように命じられており、どうしてもそのご婦人が生み出した化身をしまつしなければならない。それには僕の助けが必要だ。というより今までの積年の恨みからこの厄介ごとに僕を巻き込みたくて仕方ないというわけだった。こんな危ない話に本来なら二つ返事するはずはなかったが、「もしも応じないなら今すぐあれを一生涯不感の状態にしてやる。俺はポルノの精霊の恩恵を受けているのだ」ということなので断るわけにはいかず、渋々僕は深夜の遊歩道を彼と探索して歩いた。彼の足取りはかくしゃくとしていたが、身体中のたるみ切った贅肉が一歩踏むたびに振動する様子が幻想というにはあまりにリアルで、幻想であってほしいという僕の願いを無碍にした。

しばらくゆくと新しく舗装された公園のあたりで何かを引きずるような不気味な音が聞こえた。それは高層住宅のすぐ下の公園横の歩道で、その信号前の歩道からたしかに音がする。ご婦人の思念が生み出した化身が無心に練習するスケートの音に違いなかった。

しかし姿はないので、止まれの白線のあたりでとうせんぼの格好をしてみると、突然猛烈な突進で体が車道に吹き飛ばされた。「ごめんなさい...」こちらでも何かが崩れ落ちたような音がして小さな少年らしい声が謝るのが聞こえた。銃を向けた男が、「お前か?」ときく。「僕はただ滑れるようになりたいんだ。そしたら彼女だって振り向いてくれる」そう開陳する少年の影。あくまで彼は彼女の作り出した思念であり、長く報われることのなかったロマンスの化身であるので、悪いれいではなさそうだった。ここでは騒音が迷惑だからどうかスケートの練習をやめてくれないか、というと彼は言った。「僕はここから動きたくてもうごけない。なぜならここが、彼女が初めて性に目覚めた約束の場所だからだ」全く意味不明な言い分でだったが、それからよくよく聞いてみれば、曰くこの場所は公園になるまでは野外のバスケットコートになっており、そのご婦人はこの物陰に隠れて初恋の男を目で追う学生時代を過ごしており、人知れず初めて達した場所もここだということだった。その時の液がこの土に染み込み、歳月を得て恋の化身として実体化したのが、この少年スケーターのれいなのだという。

「つまり、きみはここの呪縛霊みたいなやつなんだね」と僕がとりあえず話をまとめた。姿をしばらく消していた彼が大きなスコップと何かを持って戻ってきた。「シモにはシモとはよく言ったものだ」という、彼の手に握られていたのは夫人もののパンティだった。(ところで僕は仏頂面で文字数をカウントししながらこれを書いている。)「さあ、これをここに埋めるんだ」少年がきいた。「これがあの人のパンティなんだね」しおらしい様子をしている。僕の方は彼らが生成している何の意味ももたらさないやりとりをもはやノータッチで静観していた。白豚が大袈裟に下半身を土だらけにして完全にそのブツを埋め終えた時、少年の霊がうっすらと姿を表した。少年も裸であり、まるで育ち過ぎたキューピー人形を彷彿とさせる姿のそれは、足の裏にそろばんをくくりつけ、転ばないように神妙な顔でバランスをとっていた。これが本当に彼女の初恋の情念が生み出した性愛の化身なのだろうか。もしかしてこの男もこの少年も実は化身でも何でもなく生身の人間でただの変質仲間でグルなのではないか、と疑念を持たずにはいられなかった。

ふいに、彼を正面から突き飛ばした。バランスを崩し後ろに倒れそうになる彼を男が慌てて支えた。形相を変えた男がこちらに銃を向ける。今度は顔だ。しかしどうせおもちゃの銃だ。好きに打つがいい。僕は本当はよく覚えている。あれは、公園で拾ったあれはおもちゃの銃なんかじゃなかった。あれは本物だった。君らはたしかに僕が生み出した幻だ。君らは親子だ。あの日僕が試し撃ちしで葬ったのは君らなのだ。恨まれて当然だ。さあ引き金を引け。